永田竜司(ながたりゅうじ)鈴木大地が勝てなかった消えた天才の今の職業は?wikiプロフィールやインスタ画像あり

永田竜司は鈴木大地が勝てなかった消えた天才!現在の職業はタイムインベスト代表取締役?水泳を辞めた理由は?

2019月3月17日 (日) MBS毎日放送 18:30 ~ 20:54 消えた天才 ★スポーツ史に残る悲劇で消えた天才…衝撃映像蔵出しSP★

鈴木大地 wikiプロフィールやインスタ画像

名前:鈴木大地
すずき だいち
水泳選手
生年月日: 1967年3月10日 (年齢 52歳)
生まれ: 日本 千葉県
身長: 5.906 ft
体重: 150 lbs
学歴: 順天堂大学

スポーツ庁初代長官の鈴木大地は、順天堂大学客員教授、元日本水泳連盟会長を務め、現在、名実共にスポーツ界のトップに君臨しています。

鈴木氏が21歳のとき、1988年ソウルオリンピックで一躍有名になりました。潜水したまま泳ぐバサロ泳法で前半二位につけ、背泳ぎで逆転勝利を果たしました。

日本競泳界に16年ぶりに金メダルをもたらした天才は国民的スターとなりました。

背泳ぎ以外でも自由形で日本一に輝き、個人メドレーバタフライでは日本記録をたたき出しました。

そんなレジェンド、鈴木大地には中学時代、一度も勝てなかった天才スイマーがいました。

ひとつ下でぶっちぎりで早かったライバルは永田竜司さんです。しかし、鈴木大地が活躍するころ、永田さんは表舞台から忽然と姿を消しました。

一体、どんな理由で水泳界を去ったのでしょうか。

永田竜司 wikiプロフィールやインスタ画像

名前:永田竜司 ながたりゅうじ

生年月日:1967年4月17日

出身地:神奈川県横浜市

血液型:O型

出身高校:法政大学第二高等学校

永田さんは100m背泳ぎ、200m個人メドレー、400m個人メドレーで中学新記録を出しました。

高校一年生の時、200mと400m個人メドレーで高校選手権優勝を飾り、日本選手権でも優勝し、誰もが将来、競泳界で活躍するだろうと期待されていました。

しかし、その後、永田竜司さんという名前をめっきりと聞かなくなりました。

あれから、34年、現在はどうしているのでしょうか?

永田竜司 辞めた理由

永田さんは高校卒業後、単身、アメリカへと渡りました。アメリカは競泳五輪メダル数が553個と1位で競泳大国です。

1位はアメリカ553個

2位はオーストラリア188個

4位は日本の80個

日本では10以上の大学から誘われていた永田さんは国内では限界があるのではと思い、アメリカに留学しました。

渡米後、入団したのは世界トップクラスのスイミングチームでしたがトレーニング方法は日本と全く違うものでした。

当時の日本では水中トレーニングが主流でしたが、アメリカでは筋肉が重要だと考えられており、二年間、アメリカで徹底的に筋力をつけ体重は10キロ超えとなっていました。

しかし、帰国後、1988年ソウルオリンピック直前の日本選手権で永田さんは400m個人メドレーで序盤は互角の勝負でしたが、まさかの最下位となっていました。

高校三年の時より7秒も遅いものでオリンピックの夢はあえなく散ってしまいました。

筋肉は大きくなったことにより、余計な筋肉が関節を動かす可動域を減らしてしまうということがあるそうです。

元々あった技術が悪くなってしまう可能性があるため、その人に合う筋トレを行わないと肉体改造が失敗に終わってしまいます。

このことがきっかけで、自分の泳ぎを見失ってしまい永田さんは表舞台から姿を消しました。

一方、鈴木大地さんは16歳から始めたバサロを磨き、ソウルオリンピック決勝でバサロで金メダルを獲得しました。初心を貫き通した男が栄光を勝ち取った瞬間でした。

永田さんはその後、引退を決意。15年以上もの間、競泳からは離れた生活を送っていたそうです。

永田竜司 現在は?

現在、東京の町田市にいるという永田さんは、現在51歳となり、20年前に結婚した奥さんとの間に息子の宙大(みちひろ)さんを授かり、一児のパパとして幸せな家庭を築いています。

学歴や職務経歴は、

1986年 法政大学第二高等学校

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1990年 Diablo Valley College AA

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1993年 Brigham Young University BA (Hons)

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1994年 株式会社東京ビデオセンター

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1997年 株式会社ジェイ・スポーツ

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1999年 NTTコミュニケーションズ株式会社

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2005年 ヤフージャパン

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2010年 株式会社 タイムインベスト 代表取締役

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2012年 ファミリーヘアサロン SEASON相模原店出店、パソコン教室ウォンツ!アイワールド相模原校開校

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2013年 ファミリーヘアサロン SEASON中野島店出店

と、現在は実業家に転身され、社長をしています。

そして、しばらく離れていた競泳の世界に戻り、指導者として携わっています。きっかけには最愛の息子、宙大さんが関係しているそうです。

脳性まひを患っている宙大さんに父親として出来る事はないかと指導を始めたのが競泳だったそうです。

すると、宙大さんはみるみる成長を遂げ、高校で全国二位になるまでの選手となり、現在も大学で競泳を続けているそうです。

このことがきっかけで、永田竜司さんは現在パラリンピックの水泳のコーチをし、2020年の東京パラリンピックを目指しています。

そして、陰で支えてくれるのはスポーツ庁長官である鈴木大地さんです。鈴木大地さんはパラ水泳の特別強化拠点のために大学のプールを提供したり様々なサポートを行っているそうです。

永田さんも鈴木さんが手助けしてくれる事にとても感謝しているそうです。

こうして、かつてのライバルは現在、お互い、競技の発展のために協力し合っています。

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